見たこと作文「ときょう走」
学園長が提唱する「見たこと作文メソッド」で、これまでにたくさんの秀作が生まれている。今回紹介する「ときょう走」は小3の男の子の作品で、運動会の後、お母さんがお子さんに聞き取りをしながらできたものだ。まずは、その作品を読んでいただきたい。
(photo by photo AC)
『白いスタートラインは、みんなにふまれてぼやけていた。大人が百人くらいぼくを見ていた。ゴールテープを一位で切ることをイメージした。青いTシャツを着たママがカメラを持っているのを見つけた。ミスターフリーマンがうでを空に向けると、ドーンと音がした。
カーブのところで、ビデオをとっているパパがいた。いっしょに走っている友だちがよこに見えた。ほっぺたが赤くて、ブルブルしていた。すなぼこりが目の前に来た。がんばって目を開けると、ブルーチームのはちまきをまいた男の子が、「ガンバーレ!ガンバーレ!」と言っていた。その子がポンポンをふっていた。
ゴールテープは、下にヘビみたくクネクネ落ちていた。それをまたぐと、ぼくは三位だと思った。「ブルーチーム四位。」と先生が言った。四位のはたにならぶと、なみだが一つこぼれた。ぼうしのつばを下げて、グラウンドの草を見ていた。応えんせきのイスにもどっておちゃをのんだ。まわりに友だちがいた。
学校の中に入ると、トイレにはだれもいなかった。ぼくはシクシク泣いた。』
(photo by photo AC)
原稿用紙1枚半のごく短い作文だが、この作文を読んで自分の頭の中にありありとその光景が浮かんだことに驚いた。まさに見たこと作文の見本のような作品だ。中盤で「隣の子のほっぺたがブルブルしていた」のは、その子も必死に走っていたからだろう。
見た人でないと決してわからないその表現がしっかりと臨場感を出している。胸で切ることをイメージしていたゴールテープは、すでに地面に落ちていた。しかもヘビのように。というところで、自分の思い通りにいかなかった結果への落胆が伝わってくる。作文は、「だれもいないトイレで泣いた。」というところで終わっている。 こんなに切ない感情をこの子は体験していたのだ。素直で心揺さぶる文章にこちらも泣けてきた。
その後、彼に「作文すごく良かったよ。」と言いたかったが、何度かためらった。というのは何だか彼の大切な心の中に踏み込んでしまったような気がして、申し訳なく思ったからだ。 聞き取りをしていたお母さんも、彼が順位のことを気にしていたとは全く知らなかったということで、この「見たこと作文メソッド」で初めてわかった彼の心の動きに感動して涙が出たとおっしゃっていた。
さて、こうしてブログに載せてしまったことを彼には許してもらわなくては。
【副学園長・山口千恵子】